「のんしゃらん記録」(佐藤春夫)

誰の書いたSF作品?

「のんしゃらん記録」(佐藤春夫)
(「夢を築く人々」)ちくま文庫

1000年後の未来都市
「ノンシャラン市」は、
身分階級ごとに
居住区が決められている
巨大な塔状都市空間。
陽の当たる上階は富裕層が、
地下は貧民層が暮らす。
その最下層にいた「彼」は、
慈善デーの日、
地上に上ることを許される…。

誰の書いたSF作品?
小松左京?筒井康隆?
それとも安部公房?いえいえ、
明治の詩人、佐藤春夫です。
驚いたのは描かれている
未来の社会構造と
その科学的システムです。
読みどころは以下の三点です。

第一に、
「究極の格差社会と管理社会」。
最下層は地下300m。
もはや日光は届かず、
空気さえも十分ではない、
全くの暗黒の世界です。
上層階の市民でさえ移動するときは
有料の乗り物を利用するか、
有料の遊歩道を歩くしかありません。
したがって、その金を払えない者が
車道を歩いて車にはねられたとしても
「自殺」として扱われるのです。
日光も空気も飲料水も、
すべてが厳格に管理され、
利用は制限されているのです。

第二に、
「強制的な変身」。
人間が強制的に異質なものに
変化させられます。
増えすぎた人口を抑制するため、
政府は最下層の人間を
植物体へ変換する手術を
強行するのです。
「植物になれば日光も空気も水も
存分に与えられる」
「人間と植物の違いは動けるか
動けないかの違いに過ぎない」と、
甘言を弄するのです。

第三に、
「変化した者の観察する人間社会」。
薔薇に変えられた主人公・「彼」は、
上流階級の人間に
観葉植物として飼われ、
その社会を垣間見ることになります。
金を払って買う日光。
芸術の極みとしての紙幣。
一日ごとに変わる服飾の流行。
そしてそれにかけられる流行税。
最上階の住民でさえ、
下層へ落ちる危険のある
緊張の絶えない世界が、
そこにはあったのです。

似たような作品を探せば、
おそらくいくつか見つかるでしょう。
格差社会、管理社会は
SF小説の定番です。
強制的な変身も、
カフカや安部公房をはじめ、
純文学にも数多くあります。

しかし、本作品が発表されたのは
今からちょうど90年前の
昭和4年なのです。
まだ大正デモクラシーの
自由な雰囲気が残り、
戦争へ突入する気配の薄い時代です。
近未来を描いたSF小説の
先駆けといっても過言でありません。

詩人であり、
素朴な私小説作家であり、
空想小説を書き、
探偵小説・犯罪小説も著し、
童話も得意、
かつSF小説も一級品。
佐藤春夫、やはり恐るべし。

(2019.5.18)

Mari AnaによるPixabayからの画像

※本書はすでに絶版となっていますが、
 下の2書で読むことができます。

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